吾輩は猫である 精彩片段:
十一 - 12
「何です、呑みびらかすと云うのは」
「衣装道具(いしょうどうぐ)なら見せびらかすのだが、煙草だから呑みびらかすのさ」
「へえ、そんな苦しい思いをなさるより貰ったらいいでしょう」
「ところが貰わないね。僕も男子だ」
「へえ、貰っちゃいけないんですか」
「いけるかも知れないが、貰わないね」
「それでどうしました」
「貰わないで偸(ぬす)んだ」
「おやおや」
「奴さん手拭(てぬぐい)をぶらさげて湯に出掛けたから、呑むならここだと思って一心不乱立てつづけに呑んで、ああ愉快だと思う間(ま)もなく、障子(しょうじ)がからりとあいたから、おやと振り返ると煙草の持ち主さ」
「湯には這入らなかったのですか」
「這入ろうと思ったら巾着(きんちゃく)を忘れたのに気がついて、廊下から引き返したんだ。人が巾着でもとりゃしまいし第一それからが失敬さ」
「何とも云えませんね。煙草の御手際(おてぎわ)じゃ」
「ハハハハじじいもなかなか眼識があるよ。巾着はとにかくだが、じいさんが障子をあけると二日間の溜め呑みをやった煙草の煙りがむっとするほど室(へや)のなかに籠(こも)ってるじゃないか、悪事千里とはよく云ったものだね。たちまち露見してしまった」