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吾輩は猫である_八 - 11

夏目漱石
日语读物
总共148章(已完结

吾輩は猫である 精彩片段:

八 - 11

「ええ、そう云う療法もあります」

「今でもやるんですか」

「ええ」

「催眠術をかけるのはむずかしいものでしょうか」

「なに訳はありません、私(わたし)などもよく懸けます」

「先生もやるんですか」

「ええ、一つやって見ましょうか。誰でも懸(かか)らなければならん理窟(りくつ)のものです。あなたさえ善(よ)ければ懸けて見ましょう」

「そいつは面白い、一つ懸けて下さい。私(わたし)もとうから懸かって見たいと思ったんです。しかし懸かりきりで眼が覚(さ)めないと困るな」

「なに大丈夫です。それじゃやりましょう」

相談はたちまち一決して、主人はいよいよ催眠術を懸けらるる事となった。吾輩は今までこんな事を見た事がないから心ひそかに喜んでその結果を座敷の隅から拝見する。先生はまず、主人の眼からかけ始めた。その方法を見ていると、両眼(りょうがん)の上瞼(うわまぶた)を上から下へと撫(な)でて、主人がすでに眼を眠(ねむ)っているにも係(かかわ)らず、しきりに同じ方向へくせを付けたがっている。しばらくすると先生は主人に向って「こうやって、瞼(まぶた)を撫でていると、だんだん眼が重たくなるでしょう」と聞いた。主人は「なるほど重くなりますな」と答える。先生はなお同じように撫でおろし、撫でおろし「だんだん重くなりますよ、ようござんすか」と云う。主人もその気になったものか、何とも云わずに黙っている。同じ摩擦法はまた三四分繰り返される。最後に甘木先生は「さあもう開(あ)きませんぜ」と云われた。可哀想(かわいそう)に主人の眼はとうとう潰(つぶ)れてしまった。「もう開かんのですか」「ええもうあきません」主人は黙然(もくねん)として目を眠っている。吾輩は主人がもう盲目(めくら)になったものと思い込んでしまった。しばらくして先生は「あけるなら開いて御覧なさい。とうていあけないから」と云われる。「そうですか」と云うが早いか主人は普通の通り両眼(りょうがん)を開いていた。主人はにやにや笑いながら「懸かりませんな」と云うと甘木先生も同じく笑いながら「ええ、懸りません」と云う。催眠術はついに不成功に了(おわ)る。甘木先生も帰る。

その次に来たのが――主人のうちへこのくらい客の来た事はない。交際の少ない主人の家にしてはまるで嘘(うそ)のようである。しかし来たに相違ない。しかも珍客が来た。吾輩がこの珍客の事を一言(いちごん)でも記述するのは単に珍客であるがためではない。吾輩は先刻申す通り大事件の余瀾(よらん)を描(えが)きつつある。しかしてこの珍客はこの余瀾を描くに方(あた)って逸すべからざる材料である。何と云う名前か知らん、ただ顔の長い上に、山羊(やぎ)のような髯(ひげ)を生(は)やしている四十前後の男と云えばよかろう。迷亭の美学者たるに対して、吾輩はこの男を哲学者と呼ぶつもりである。なぜ哲学者と云うと、何も迷亭のように自分で振り散らすからではない、ただ主人と対話する時の様子を拝見しているといかにも哲学者らしく思われるからである。これも昔(むか)しの同窓と見えて両人共(ふたりとも)応対振りは至極(しごく)打(う)ち解(と)けた有様だ。

「うん迷亭か、あれは池に浮いてる金魚麩(きんぎょふ)のようにふわふわしているね。せんだって友人を連れて一面識もない華族の門前を通行した時、ちょっと寄って茶でも飲んで行こうと云って引っ張り込んだそうだが随分呑気(のんき)だね」

「それでどうしたい」

「どうしたか聞いても見なかったが、――そうさ、まあ天稟(てんぴん)の奇人だろう、その代り考も何もない全く金魚麩だ。鈴木か、――あれがくるのかい、へえー、あれは理窟(りくつ)はわからんが世間的には利口な男だ。金時計は下げられるたちだ。しかし奥行きがないから落ちつきがなくって駄目だ。円滑(えんかつ)円滑と云うが、円滑の意味も何もわかりはせんよ。迷亭が金魚麩ならあれは藁(わら)で括(くく)った蒟蒻(こんにゃく)だね。ただわるく滑(なめら)かでぶるぶる振(ふる)えているばかりだ」

作品简介:

夏目漱石《我是猫》日文原版。

1867(慶応3年)、江戶牛込馬場下(現在新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、「吾輩は猫である」を発表し大評判となる。翌年には「坊っちゃん」「草枕」など次々と話題作を発表。’07年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

作者:夏目漱石

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